◎脱皮
とつぜん身体のあちこちが痒くなった。 かきむしると尚痒くなる。伸ばしてきた自慢の黒髪は抜け、白かった皮膚には血が滲んで硬くなった。嗚呼、ようやくこの日がきたのか。 そうなるといよいよ痒みが増し、私は両手でかさかさかさかさと掻きまくった。やがて皮膚の下のものが見える。青と緑の混ざったようなどろどろが蠢いている。どうやらもう皮膚と肉は繋がっていないらしい。 畳の上は私の体の一部だったものでいっぱいになった。あれだけかきむしったのに、一部分はまだ元の形を留めていた。虚しく散らかった髪の毛、産毛のついた白い皮膚、赤いマニキュアの爪、唇……でも名残惜しくはない。これらはもう異物でしかないのだから。脱いだのはたんぱく質の殻ではなく、今まで私の暮らしていた世界だ。私は生まれ変わるのだ。
手足を繋ぎとめていた糸を払って、ベランダの扉を開ける。 朝の街はまったく新しい色彩に色づいていた。吹いた風が、濡れた私の裸体を優しく撫でてゆく。
ギチギチギチギチ…… ギチギチギチギチ……
聞きなれない音がする。否、それは「音」などという言葉では言い表すことの不適切な、もっと複雑な空気の振動。 脱皮を祝福する仲間の声が嬉しくて、私も翅を震わせてギチギチと鳴いた。
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