◎ふわりんぼう


今年も学校にふわりんぼうがきた。

ふわりんぼうは暖かくなるとどこからともなくやってきて、校庭の上をふわりふわりと漂っている。晴れている日も雨の日も朝も夜も、何をするでもなしに学校の上に浮いているけれど、そのうち寒い季節がくるといつの間にかいなくなってしまう。
あいつが何ものなのかは、誰も知らない。どうして夏になるとこの学校だけに来るのか、何を食べているのか、動物なのかお化けなのかも、何も分からなかった。担任の先生は妖怪みたいなものだといっていたけれど、アニメや漫画の妖怪にちっとも似ていないので誰もあいつを怖がっていない。ふわりんぼうをみて驚くのは、新しく入ってきた一年生か転校生だけだった。
僕は一年生の時の体育の時間にはじめてあいつをみた。あいつは僕たちがドッジボールをしていると、いつの間にか空を泳いでいた。一人の子が面白がってふわりんぼうにボールを投げたが、あいつには届かなかった。それから9月の終わりまでふわりんぼうはふわりふわりと浮いていた。はじめはちょっと怖かったけれど、夏休みのはじまる頃になると、僕はすっかりあいつに慣れていた。あいつのほうから特に何か悪いことをするわけでもなかったから。去年までは。

去年の秋のある日、僕たちのクラスの女の子がいなくなった。おとなしい子で、休み時間になるといつも教室の隅っこの自分の席で本を読んでいた。友達もいなかったみたいで、一人で学校から帰っている時にふっといなくなってしまったのだ。不思議なことに、女の子が消えた日、ふわりんぼうも学校からいなくなった。だからみんなはふわりんぼうが彼女を連れていってしまったのだと噂した。最初はそんなことあるわけがないと思っていた僕も、みんながそういうので、やっぱり彼女はあいつに捕まってしまったのだ、と思うようになった。
しばらくは警察の人がきたりテレビがきたりして大騒ぎだったけれど、いつからかそれも来なくなり、ふわりんぼうの噂もされなくなっていた。いなくなった女の子の家族もどこかに引っ越してしまった。

ふわりんぼうが現れたのは、午後の国語の授業の時だった。
黒板の文字をみていると眠くなるので、ふと窓の外へ目をそらすと、校庭の空の上に、僕たちのよく知っているものがいた。僕は思わず叫んでしまった。みんなが僕のほうをみて、それからよく晴れた窓の外をみた。
あいつはいつものように、呑気そうにふわりふわりと漂っていた。だけどいつもと違っていたのは、あいつが二匹いたことだった。一匹を追いかけるように、もう一匹のふわりんぼうはゆっくりと、まるで雲のように空を泳いでいた。そのうち追いかけていた方のふわりんぼうが止まった。あいつはこっちをみた。そうして意地悪そうにニタアと笑った。
教室では女の子達が泣いていた。先生はチョークと教科書を放り出して、教室から出て行ってしまった。僕は他の男の子たちと同じように、あいつらが泳ぐ様子を口をポカンとあけながら、目で追うことしか出来なかった。

僕は雨の日が好きになった。だって傘をさしていればあいつをみないで済むからだ。ああ、今年はいつになったら帰ってくれるのだろう。

◎モドル◎