◎幽霊
「あたし、死んだことがあるの」 あどけない顔つき。真冬だというのに、白い肩が黒髪の隙間から見えている。唇からオレンジジュースの酸い匂いを漂わせながら、少女はこんなことを言った。 「その夜はね、ずっと土の下で泣いていたわ。目が覚めるとお父さんもお母さんもいない。見慣れた景色がどこにもなくて、ただ真っ暗なの。それに黴臭い土のにおい、カエルみたいなにおいがどこかからしてくるのよ」 「大変だったね。どうやってお墓の下から出てこれたの?」 「うーん、それはね…わかんない」 「分からない?」 「気がついたらお外にいたから」 そう言うと少女はストローの端を咥え、照れくさそうに鼻を鳴らした。それをみて私も微笑った。 「お兄ちゃんは?」 不意に尋ねられたので、私は反射的に聞き返した。 「え?」 「お兄ちゃんは、どうして死んじゃったの?」
やがて雀が鳴き始め、カーテンは新鮮な光を蓄え始める。眠らずのぼうやりとした頭で窓際へ移ると、半日ぶりの懐かしい空を見ようとカーテンに手をかけた。 「待って……」 その可愛らしい小さな声は、布の擦れる音に掻き消されてしまった。聞き返そうと振り返ると少女はもういなかった。テーブルの上に置かれたからっぽのグラスの中で、歯型のついたストローが小さく揺れているだけだった。
|