◎いもむし
学校へいく途中、ゴミ収集所のところに人間くらいの大きな芋虫がいた。
芋虫はその場所から少しも動こうとせず、ただもぞもぞと団子のような身体を揺らしている。 覗いてみると、虫の絶えず左右に動く顎の先の空間にはぽっかりと真っ黒い穴が空いていた。ふと周りを見渡すと、穴はそこらじゅうにいくつもいくつもみつかった。電柱にも、ポストにも、公園の木にも青い空にも、真っ黒い穴がホクロのようにくっついていた。
芋虫はこの世界を食べているのだ。 だけどみんなにはこの大きな芋虫がみえない。あいつが現れたここ数週間の間に、この世界がどんどん狭くなってきているのに誰も気付いていない。芋虫はそれをいいことに、この世界を食べつくそうとしている。 私だけが知っているのだ。ただ知っているだけで、どうすることも出来ないのだけれど。
教室へ入ると、先生が芋虫に食べられていた。 足から食べられて上半身だけになった先生は、それでも気付かないで出席を取っていた。クラスメートはいつもどおりやる気のない返事で先生の呼びかけにこたえる。30人いたクラスメートも、今日でとうとう半分になってしまった。みんな食べられてしまったのだ。 私は自分の名前が呼ばれる前にぎりぎり席に着くことが出来た。先生は私の名前を呼んだところで虫に食べつくされてしまった。 授業は一日中自習になった。なんで急に自習になったのか、自分達の担任の先生が誰だったのか、知ってる人は私以外いないのだ。
チャイムの音の聞こえない学校を出て、家についた。 私の家にもあの気持ち悪い虫食いの穴がいたるところにあいている。お父さんもお母さんも、可愛がっていた犬のメロンも虫に食べられてしまったので、ここに住んでいるのは私とおばあちゃんだけだ。昔はあんなに元気だったおばちゃんも、今では私とおしゃべりしていてもオウムのように同じことしか言わなくなった。数分前にやったことも、何事もなかったかのようにケロッと忘れてしまうのだ。 「おばあちゃん、ただいま」 障子を開けると、いつものようにおばあちゃんは寝ていた。赤ちゃんのように幸せそうな顔をしている。ベッドの傍らにはあいつが来ていた。とうとう羽化したのだ。 朝までは緑色の殻の中に入って大人しくしていたあいつは、今は赤や緑色にピカピカ光る翅を背負って、毛深い六本の足でベッドのパイプにしがみついていた。丈夫そうな顎はもうなくなっていたが、その代わりにストローのような細長い口がついていて、その先っぽがおばあちゃんの頭に刺さっていた。ストローごしに、なにかキラキラしたものがおばあちゃんの頭から吸い出されていた。 私は気付いた。おばあちゃんをこんな風にしたのはきっとこいつらなんだ。こいつの仲間がこうしておばあちゃんのところにやってきて、少しずつキラキラを食べていたんだ。
ふと、身体が軽くなったような気がした。 足元をみると、サッカーボールくらいの大きさの芋虫が私の足を食べている。右腕、左腕にも別の虫がくっついていて、私の指はすでになくなっていた。痛くもなんともなかった。胴体がなくなった。私はとうとう首だけ……しまい……なにもで
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