◎海峡の町で
海峡の町で私は殺された。
死んだ私の身体はバラバラにされ、男たちに持ち去られた。 今、海水の中で心を澄ますと、いなくなった部品たちの、喜びや苦しみの声が聞こえる。
私の腕は老いぼれた殺人鬼に移殖され、もう九十八人を私と同じように殺した。
私の脚は男達から逃げ出し、今も世界のどこかを当所なく走っている。
私の眼球はコスモスの咲く線路沿いの草叢で、ふたつの世界を映している。
私の心臓は博物館のガラスケースの中で、鼓動して私を呼んでいる。
私の耳…
私の…
だけど、出来損ないの脳髄だけは使い物にならず、この冷たい海に捨てられた。 意識は深い海の底に沈んでいった。
今宵。
魚の群れをくぐって水面に出た。潮風とは何日ぶりだろう。 遠くでは漁船がランプを爛爛と灯し、波が揺れるたびに夜光虫の大群が哀しい光を発す。海峡の町は帯状に伸びて海と空を分かつ。夜の海は思いのほか明るいのだ。
やがて仲間が来た。
挨拶代わりに、私達は触手のような血管を絡ませる。仲間は何十何百と海の底から現れて、水面を埋めた。 彼らもこの海に捨てられたのだ。一人殺され、二人殺され捨てられて、いつしかこの海は私のような人間の成れの果てでいっぱいになった。
今日も海峡の町では人が殺される。 最期を迎える彼に同情する一方で、私達は新しい仲間を喜んで迎え入れるのだろう。
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