◎もののけろく


○8月×日:
朝おきると身体を盗まれていた。
僕はシーツ一枚だけを頭からすっぽり被ると、失われた身体を取り戻すために慌てて家を飛び出した。
線路脇の草叢に右腕をみつけた。昔好きだった子のバイオリンケースの中に左脚をみつけた。スイカ畑の真ん中に変わった色のスイカがあると思ったら、僕の頭だった。
こうして僕は次々と身体を取り戻していったわけだが、どうしても目玉だけがみつからない。嗚呼どうしよう、真っ暗で何もみえない……と思っていたら、手に握っていた。


○8月○日:
公園で本を読んでいる時ふと空をみたら棒が浮いていた。よくよくみると、それは昔死んだ友達だった。


○8月△日:
すぐ後ろで二人の女が僕の噂をしている。
「だってあの人……でしょ?」
「そうそう、それで……で」
「アハハ」
「キャキャキャキャ」
酷い言葉で僕を罵る。たまらず振り返ると何のことはない、そこにはカエルの顔をした女と雌鳥の頭の女が、喉をしきりに震わせて僕の悪口を言っていた。


○8月◇日:
夢をみた。
見慣れた道をはぁはぁ言いながら走る夢。それは家の近所だった。
何かとても愉快なことがあるのか、口元がニヤニヤしているのが自分でも分かった。右手にはギラギラ光る長いものを持っており、角度が変わって光の反射が消えた時にあらわれたそれは出刃包丁だった。
僕は恐くなった。だけどとっても嬉しかった。やがて見覚えのある青い屋根が見えてきた。僕の家だ。庭の石畳を踏み踏み、左手がドアノブに手をかける―――

―――ところで目が覚めた。
すると目を開けた瞬間、玄関の外から男の低い声で、
「ちぇっ、もう少しだったのに。仕方ない、今晩は別の家にするか」
と呟いたかと思うと、パタパタと夜道の向こうへ去ってゆく音がした。


○8月□日:
図書館で古い本を借りてきた。
奥付を見ると「大正12年」とある。表紙も背も真っ黒で、金色の文字で「百物語」とだけ題の記されている風変わりな本だ。
読んでみるとタイトルの如く、昔の怪談を集めた本だった。鬼、河童、轆轤首……お馴染みの妖怪の話ばかりだ。
ふと天狗の話に差し掛かったところ、次のページを捲ろうとしたら本の隙間から何か黒いものが飛び出した。それは部屋の中を一回りすると、窓の風鈴にチリン!とぶつかって外へ飛び出していった。
変なものの去ったあとで本を読むと、「天狗」という文字だけが綺麗さっぱりなくなっていた。


○8月*日:
庭のどんぐりの木の幹に、昆虫達が樹液を吸いに来ていた。
カブトムシ、オオムラサキ、アオカナブン、スズメバチ……。虫たちの力関係を見るのは面白い。やはりカブトムシの一群が樹液の沢山あるところを陣取っており、蝶は隅っこのほうに追いやられていた。
日の沈むまでずっと観察していると、隣の塀の向こうからボールのようなものが転がり込んできて、地面をピョンと一跳ねすると、虫たちのいる木の幹に張り付いた。
それは女の生首だった。長いおさげを三つ編みに結い、その先っぽが地面を擦っている。生首は樹液を舐めているのだった。
あれだけ威張っていたカブトムシたちはみんな夕焼け空へ飛んでいってしまい、庭には僕と生首だけ。興ざめしたので、早々に家の中へ入ってしまった。


○8月+日:
大雨の降る午後、雷とともに竜が空から落ちてきたらしい。近所だったので、早速見物にゆくことにした。
大勢の人の中をかきわけて前へ進んでゆくと、市の職員が2,3人で変な動物を取り囲んでいた。首の長い鰐のような体に、背にはコウモリそっくりな大きくてグロテスクな羽がついている。動物は後ろ足で立ち上がり、長い首をもたげると羽をばさっとひらいた。みんなが一斉にたじろいだ。その一瞬の間に、竜は人の隙間を物凄い速さで潜り抜けて、その鉤爪であっという間に近くのビルの屋上まで登ってしまった。そして空中へジャンプしたかと思うと、羽をぎこちなくばたばたさせて黒い雲の中へ消えていった。

騒動のあと、ふとビルの根っこに目をやると、キラキラしたものが落ちている。それは先ほどの竜の鱗だった。手にとってみるとなんだか痺れるような感じがしたので、そのまま近くの川に捨ててしまった。

◎モドル◎