◎肉人


長い長い宇宙船での生活もやっと終わった。
大気解析器のディスプレイがこの惑星の大気構成比をすぐに割り出してくれた。どれどれ、窒素がほとんどで次が酸素、四対一か。アタシの星とそんなに変わらないわね。「許可」のランプがついてるし、これならきっと外に出ても大丈夫。
それでも念のために宇宙服で身を包むと、アタシはいそいで外へ飛び出した。嗚呼、空気だけじゃなく景色までアタシの故郷そっくり。地面に生えているのは私たちが言うところの「草」ね。ちっとも動かないし、まちがっても動物ということはないみたい。それからあの背の高いのは「木」だと思う。今飛んでったあの小さくてかわいいの、あれがきっと「鳥」ね。この星の「鳥」はちょっと地味みたい。ちっとも光ってないもの。
でも本当にスバラシイわ!とっても退屈でつらい旅だったけど、こんなにステキな隠れ家的惑星が見つけられたんですもの。たまたま読んだ女性誌の「自分磨きは星探しから!」「自分だけの星を手に入れてライバルに差をつけちゃえ!」なんて文句に踊らされて、ローンを組んでまで宇宙船を買って、有給を取って星を飛び出してみてホントよかったわ。頑張った自分へのご褒美ってやつ?
この星の自然はアタシを開放的にした。思い切ってこの重たくてダサい服脱いじゃえ。どうせ誰もみていないもん。大丈夫よ。胸についてるボタンを押すと、みるみるうちに宇宙服はボタンに吸い込まれていった。
アタシは生まれたままの姿になった。ああ、風が涼しくて気持ちいいわ!これでもスタイルはいい方なのよ。男たちにだってモテるんだから。学生時代にはミスコンで準優勝したこともあるわ。ほら、みてみてこのお肉!この弛み具合とキレイなピンク色。アタシの前のカレはこのままずっとこの肉の中に埋もれていたい、なんて言ってたわ。だから吸収しちゃった。この右手に垂れ下がってるコブあるでしょ。よくみると人の顔してる。これ、前のカレの名残なの。カレの遺伝子をもらって赤ちゃんも産んだわ。アタシに似て可愛くて、彼に似てとっても頭がいいの。今は立派に大きくなって、他の星で学校の先生をやってるわ。
アラ、何かしら。あそこの茂みで何かコソコソ動いてる。あ、出てきた!この星の動物だわ!アタシたちみたいに毛がないけど、上の突起にだけ黒いのがちょこんと生えてるのが可笑しい。突起は頭かしら。それでいろいろごちゃごちゃとくっついてるのが目で鼻で耳で口ね。「犬」や「猫」なんかとはずいぶん違うみたいだけど。あの殻は身体の一部じゃないみたい。きっと服よ。この星の動物は服を着るのね。もしかして、知的生命体?未知との遭遇?
その変な生き物は、アタシの姿をみると一瞬だけ目っぽいものを大きくして、それからどこかへ逃げちゃった。きっとびっくりしたのね。無理もないわ。あっちからみたらアタシは宇宙人ですもの。自分と姿形の全然違う生き物が急に現れたら、そりゃあ誰だってびっくりしちゃうわ。あ、さっきのが仲間を連れて戻ってきたわ。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……七匹もいる。そのうちの二匹はギラギラ光る棒を持ってるわ。何かの道具……そうね、武器かしら。やっぱり知的生命体だったのね!でもアタシたちよりもずっと下等みたい。武器なんて持ち歩いてるのは野蛮な証拠よ。きっと「猿」みたいに、仲間内で喧嘩したり殺しあったりするんだわ。そうだ!いいこと思いついた。この中の一匹くらい捕まえて、アタシのペットにしちゃおっと。よくみたらなんだかキモカワイイし、道具をつくれるくらいだから頭もよくて、当然物覚えいいはずよ。ほら、こっちへおいで、かわいこちゃん。そんなに吼えなくても取って食べたりしないから心配しないで。ほら、ほら、こっちよ。
アタシはゆっくりと群れに近づいていった。大丈夫!動物には本能的にやさしい人って分かるもんなのよ。「犬」を二頭も飼ってる愛されガールのアタシですもん。噛みついたりしないわよきっと……痛ぁっ!
それは一瞬の出来事だった。へんてこな動物の一匹がアタシの腕に向かって銀色のギラギラした棒を振り下ろしたのだ。アタシの腕が「草」の上にごろんと転がった。あまりの痛さにアタシは悲鳴をあげた。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイィイイイイイイイィ!!!なんてことすんのよ!ああ、血が溢れてくるわ、はやく緊急用メディカルキットで瞬間固定しなくっちゃ。
アタシが宇宙船に戻ろうと後ろを振り向くと、別のやつが今度はアタシの背中をたたいた。するとさっきのがまた棒でアタシを殴る。それが何度も何度も繰り返される。ガシ!ボカ!あたしは死にそう。もう手も足もない。血もどばどば出てる。ああ、眠くなってきちゃった。アタシこのままこの故郷によく似た星で、誰にも知られず死んでゆくのね。アタシって悲劇のヒロイン。でももうちょっとロマンチックな死に方をしたかったわ……ああ…あぁ……もうおしまいよ………意識が遠のいて……いた……ねむ……。

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「それは肉人に違いありませぬ」
春もうららの暖かな午後のこと。鶯鳴く一軒の小さな家の縁側で、二人の老人が茶を飲みつつ語り合っていた。
禿頭の頑固そうな一人はこの家の主。嗜みは書画骨董俳諧と多趣味な老人であるが、今の今まで戯作を生業とし、いずれもそこそこに評判は良かった。大人しそうな方は客で、とりわけ美人画を得意とする浮世絵師。仕事の合間にふらっと抜け出ては、こうしてこの家へ訪れてあやしげな話を語るのだった。戯作者のほうも絵師の語る奇談を聞くのが何よりの楽しみで、時折自身の書いたものに取り入れることもあった。
今日も絵師は何処からか仕入れてきたあやしげな話を語るのだった。そのひとつに今からおよそ三年前、飛騨に現れて百姓を悩まし、高山藩の侍によって討たれた肉の怪物の話があった。それは宙から銀色に光る舟に乗ってやってきたらしい。身の丈は小児ほど。全身を柔らかい桃色の肉で包まれ、奇声を上げながら襲い掛かってきたので刀で切り殺されたという。その後舟と怪物の屍骸がどうなったのか、絵師も知ることは出来なかった。この話をうんうんと頷きながら聞いていた老戯作者は、話が終わるや否や待ってましたとばかりに「肉人」という言葉を口に出したのである。
「肉人とは何なのです」
聞きなれない言葉を受けて、絵師は思わず問い返した。戯作者は語る。
「それはまだ神祖徳川家康公がご存命の昔のこと、駿府の城に出た化物のことじゃ。小児のような形をした肉塊で、指のない手を持つものらしい。この特徴は正しくあなたの語った話の如くではありませんか。結局、家康公は化物を城の外へ追いやってしまわれたが、当時の人はこれが黄帝の残した「白沢図」に伝わる「ホウ」なる仙薬じゃと言うていたく惜しんだそうな。ひとたび口にすれば多力武勇が増すというが、真のところは私にも分かりませぬ」
と言い終えると、茶を啜る。
「奇怪な空飛ぶうつろ舟に乗ってそもそも何をしに現れたのか、まったく化物の考えというのは推して知るのも容易では御座らん」
鶯が梅の間を忙しく飛び跳ねるのをぼんやりと見つめながら、客はぽつりとこう呟いた。家の主はからからと上機嫌に笑いつつ、最後にこう付け加えた。
「化物には化物の道理があるのでしょう」


◎モドル◎