◎しゅうまつ


しゅうまつがやってきた。

その日、私は早々に会社を出た。
しゅうまつが来るというのに、いつものように生真面目に仕事なんかしていられない。社内にはまだ数人残っている。ふん、呑気なやつらだ。

夏は日が落ちるのが遅い。

オレンジ色に染められた18時の街には、まだひとつも街灯が点いていない。
楽しそうに手を繋いで歩くカップル、会社帰りのサラリーマン、買い物袋を提げた主婦、居酒屋の前のサンドウィッチマン…何もかもがいつもと同じ普通の夕暮れ。唯一つ違うのは、もうすぐしゅうまつが訪れるということだ。

私はバーに入った。学生時代にみつけて通い始めて以来の、行きつけのバー。いつしかマスターとも顔見知りになった。
最後の日はここで迎えるのだ。妻も子も持つことのなかった、寂しい独身男の最後の夜を。
ウイスキーのアルコールは嫌な気分を忘れさせてくれるが、時間を早送りにしてしまう効果もあった。もうすぐ終わりがやってくる。私はマスターに話しかけた。
「もうじきですね」
いつの間にか店内には私とマスターだけ。みんなこの夜を誰と過ごすのだろうか?
シェイカーから透明な液体を注ぎながら、白髪交じりのマスターは答えた。
「でも不思議と悲しくないのですよ。一番の常連さんのあなたに最後を看取ってもらえるのですからね。本望で御座いますよ」
ラストはマティーニだった。
この辛い一杯を飲み干す頃には、すべては終わる。
私はこれまでにないほどに舌の感覚に集中しながら、最後の酒を味わった。もうすうぐだ。もうすぐ終わる。私は目を閉じ、世界は闇の中へ落

◎モドル◎