◎譚霊


たとえば思いついたのに一度も書かれることのなったプロット。途中まで書かれながら作者に完結させてもらえなかった小説。君はこの物語たちがどうなるか知ってるかい?多くの人はこんなこと気にしようともしないんだけど、僕はよおく知ってるよ。それはね、幽霊になってしまうんだ。彼らは続きを書いて欲しくて作者に取り憑くんだよ。僕は半年くらい前、偶然居た本屋のサイン会で、某売れっ子時代小説作家をみたことがある。君の本棚に何十冊とある小説たちの作者だからよく知ってるはずだよ。処女作の著者近影の何倍も太ってしまったその彼の後ろに、やっぱりいたのさ。物語の幽霊達が。数え切れないくらいたくさん「憑いてた」よ。え、やつらがどんな姿をしているのかって?それは死んだ物語にも拠るな。とりわけその物語の主人公の形を取ることが多い。たとえば恋愛小説だったら若い女だし、推理小説ならスーツを着た男だったりする。SFやモンスター小説だったらきっとトンデモないことになるだろうね。宇宙人や化け物が周りをうろちょろしてるなんて光景、想像してもごらんよ。例の時代小説先生の場合、それは案の定武士らしい男たちだった。女も一人居たけど、やっぱり髷を結った赤い着物の女だったよ。でも誰にも見えないんだ。普通の人には誰にも。特に危害を加えてくるような悪いものでもないけど、傍にそんなのがいるって考えるとやっぱりぞっとするもんだろ。実はここだけの話、彼らを追い払う方法があるんだ。勿体ぶった言い方しちゃったけどそれは言わずもがなの簡単なことさ、物語の続きを書いてあげるんだよ。人間と違って、それだけで物語たちは生き返ることが出来る。便利なもんだろ。
ふふ、何をそんなにびっくりしてるんだい?君ももう薄々気づいてるんだろう、僕にだけそんな変なものが見える理由が。おそらく君は、僕を見たとき初対面の気がしなかったと思う。それは正しいよ。だって僕と君とはもうずうっと昔に会って話をしたことがあるんだもの。だからさあ、今すぐ続きを書いておくれよ。君が小さい頃に考えた、僕の続きを。

◎モドル◎